緒形りょうの、いまのすべて。これからのもっと。

LIFESTYLE

俳優の緒形直人さんと仙道敦子さんをご両親に持ち、ご祖父は緒形拳さんという芸能一家に生まれた緒形りょうさん。インタビュアーの目を見てしっかりと話す彼の瞳からは、彼自身が大切にしている“謙虚さ”を感じることができた。「唯一無二の存在となってマルチに活躍したい」と語る彼の素顔に迫る。

物心ついた時から憧れていた芸能界

–この世界に足を踏み入れたきっかけを教えてください。

小学校低学年の頃に見ていたディズニーチャンネルの影響が大きいです。「ハンナ・モンタナ」や「ハイスクール・ミュージカル」の世界に憧れていました。その頃からエンターテインメントを届ける仕事に興味があったんだと思います。アメリカではみんなフリーダム。小さいながらに、アメリカと日本の文化の違いに驚いたというか、「気軽にハグしあえるフランクな関係性ってなんて素敵なんだろう」と思ったのを覚えています。憧れていたアメリカの高校に通うために留学を決意。留学を通して、自分自身のパーソナルな部分をもっと知りたいとも思っていました。中学3年から高校3年までの4年間をアメリカで過ごし、帰国のタイミングで今の仕事を始めたんです。

–芸能界に興味を持ったのはご家族の影響も大きいのでは?

父は家に仕事を全く持ち込まない人だったので、朝家を出て夜に帰ってくるという普通の会社員の方々と同じ生活でした。幼い頃には家族が出演している作品を目にすることもなかったので、「何をやっている人なんだろう?」と思っていましたね(笑)。大人になるにつれて少しずつ両親や祖父の作品も見るようになり、自分がどういう境遇にいるのかじんわりと分かってきた感じです。祖父や両親のことは今でも尊敬していますし、僕自身が芸能界で活躍したいと思ったのは、それこそディズニーチャンネルを見て、人を楽しませたいと純粋に思ったのがきっかけです。

価値観を変えたアメリカでの留学生活

–アメリカで実際過ごしてみてどうでしたか。

一年目はバーモント州、二年目以降はロサンゼルス移り、アートスクールで、主にダンスとファッションデザインを専攻して学んでいました。アートスクールには様々な人種の人はもちろん、LGBTQの人たちもたくさんいて、出会う人たちはみんな個性豊か。ダイニングホールではミュージカル部門の人たちが毎日歌っていて、そこにその場のノリでダンスをしながら参加しに行くような学生生活でした(笑)本当に毎日刺激的で楽しかったです。

–アメリカの生活で気付けたことは何かありますか。

アメリカで実際に生活してみると、日本がどれだけ良い国だったのかということに気がつくことができました。留学する前までの僕は、正直、日本の好きじゃない部分に目がいってしまうようなところがあって……。例えば、学校での教師と生徒の距離感や、友達との対人関係において、なんでもっとフランクになれないんだろうと思ってました。でも今は、どこに行っても食事が美味しいし、繊細な人が多いからこそ他の人にも優しい日本が大好きです。きっと留学したことで「日本の素敵な部分は絶対に世界に通用する!」と改めて強く思えたんだと思います。だから今は、世界に日本の良さを世界に広めていきたいと思っているんです。

–留学後、すぐに芸能活動を始めたんでしょうか。

最初日本に帰国したのは、昔から患っていた側弯症の悪化に伴う手術のためでした。その手術の後にまたアメリカに戻る選択もできたけど、やっぱり日本で芸能活動を始めたいと思ったので、そのまま残るかたちに。僕の意思を尊重してくれた家族の応援も、頑張ろう!と思える励みになりました。

どんな時も支えてくれた大好きな家族の存在

–ご祖父やご両親も同じ業界で、芸能家族の三世になると思いますが、ご家族の皆さんとはどんな関係性だったのでしょうか。

僕たち家族は、従姉妹たちみんなと集まって頻繁に食事会を開いたり、年に一回は旅行に行くほどとても仲が良いんです。祖父とも週に一度は必ず会っていましたね。祖父は幼い頃の自分から見て、何か恐ろしい存在だったのを覚えています(笑)。並々ならぬオーラがあった祖父のことを“怪獣”だと思っていて、隙があればパンチを繰り出していました(笑)。でも実際の祖父は常に孫のことを一番に考えてくれていたすごく優しい人。僕が7歳の時に「ゲゲゲの鬼太郎」にぬらりひょん役で出演されて。出演を決めた理由の中に、 “孫にどうしても自分の作品を見て欲しい”という思いがあったみたいです。僕が芸能界を目指していることは生前、祖父も知っていて受け入れてくれていたのですが、もし生きていたら、今はどう思っているのか聞いてみたいですね。

–この世界に入るにあたって印象に残っている言葉はありますか。

父は僕と同じように二世の立場で近い境遇ということで、僕に対しての理解があります。だから投げかけられるどの言葉も説得力があって心に響くものが多いです。「これから先、いいことも悪いことも言われると思うけど、全部ポジティブに捉えなさい」と父から言われた言葉は、一生忘れないようにしようと思っています。

–きっとお父様もそうだったと思いますが、華々しい境遇の側面にはプレッシャーもありますよね。

そうですね、プレッシャーは正直なところめちゃくちゃあります。家族であり、芸能界の大先輩である祖父や両親への尊敬の念を忘れずに、俳優業のほか、バラエティのお仕事や、高校で学んだダンスやファッションを活かせる仕事などマルチに挑戦したいとも思っています。これから新しくまっさらな「緒形りょう」として僕のことを見てくれる人も、「緒形家の3代目 緒形りょう」として僕を見てくれる人も、近い将来、一個人として僕のことを覚えてくれたら嬉しいです。そうなれるようには、僕自身がもっと頑張っていく必要があると感じています。

プライベートはおしゃれも美容も楽しむ等身大の20歳

–普段はどんなファッションスタイルが好きなんですか。

個性的なファッションが好きですが、too muchなスタイルにはならないようにだけ気をつけています。シンプルなトップスに個性的なパンツを合わせたりしてバランスを大切にしたり。これというスタイルを決めているわけではなく、日によっていろんな系統のファッションを楽しんでいますね。香水も気分に合わせて毎日変えるようにしています。モード系のファッションが好きなのは「Vogue」や「Numéro Tokyo」をよく見るので、その影響もあると思います。
今日も着てきたのですが、ブランドで言うと『コム・デ・ギャルソン』が好き。川久保怜さんは日本を代表する素晴らしいデザイナーさんだと思っています。ギャルソンは、母親も好きなブランドで昔からたくさん着ていたので、その影響も少なからずありますね。母とは今でもよくファッションの話をしたり、一緒にコーディネートを考えたりするんです。

–美容で気をつけていることはありますか。

実はストレスやアレルギーで肌荒れてしてしまうことが多いくらい肌が弱いんです。皮膚科に通った時期もあったのですが薬も肌に合わず悪化したこともあったりして……。だから、“やりすぎない”ということを心がけています。今はお風呂上がりにアベンヌのスプレーをかけて、あとは化粧水とジェルだけのシンプルなスキンケアに落ち着いています。もちろん人によって合った方法があると思うのですが、だんだん肌の調子も良くなってきているので、僕にはこれが一番合っているのかなと思います。

–りょうさんの思う、自分の個性や強みってどんなところだと思いますか。

難しい質問ですね。なんだろうなあ。
あえて言うなら、いろんな物事に対して感謝できるところですかね。最近、“本当に僕は幸せ者だな”とつくづく思うことが多いんです。大好きな家族はもちろん、仕事を通じて出会う人たちにも感謝する場面が多い。最近は日常の中でも素敵な瞬間に思わず涙することもあって(笑)。例えば、飛行機の窓から見える景色を見て「地球って美しいな。ここはなんて素晴らしい世界なんだ……」と考えたり、電車に乗っている時に車窓から見える夜景を見て、「この光一つ一つにもストーリーがあるんだよな」と思わず涙が溢れたり……。笑

–一番リラックスできるのはどんな時ですか。

星や雲を見る時と、ファッションショーを見ている時の二つですかね。家でも世界のファッションショーを見ることができる便利な時代になったので、ショーを見ながらファッションの世界に浸っているとなんだかリラックスできます。ショーを見ていると、デザイナーさんの脳って本当に宇宙だなと思うんですよね。なんでここまで他と被らずに自分の世界を表現できるんだろうって。一番感銘を受けたのは2020年〜2021年A/W の『ルイヴィトン』のショー。僕の中では一番衣装が好みで素晴らしかったです。

–逆に集中できるのはどんな時ですか。

音楽を聴く時ですね。集中する時は歌詞のない映画のサウンドトラックを聴くことが多いです。ピアノの音がとても好きなのでピアノの曲もよく聴くし、曲に合わせて自分で創作ダンスすることも。不安やストレスに押しつぶされそうな時もよく音楽を聴きます。つい最近、気分が落ち込んだ時に、是枝監督の「三度目の殺人」のサウンドトラックを聴いていました。不安なことをその都度外に出すというよりは溜め込むタイプなので、音楽を聴いたりファッションショーを見たりしてストレスを発散するように心がけています。

–ハマっている趣味はありますか。

カメラで写真を撮るのも好きですし、最近だとiPadでイラストを描くのにハマっていますね。ふと描きたいと思った時にiPadだとすぐ取り掛かれるので便利なんです。自分では普通なのですが、周りからは独特なタッチだとよく言われます。

–アメリカにいた学生時代に熱中していたことは?

専攻していたダンスやファッションデザインももちろんそうなのですが、留学中は日本のバラエティ番組にかなり支えられていましたね。英語に囲まれて生活している中で、息抜きがてら自分の時間としてよく観ていたのがバラエティ番組だったんです。日本の素晴らしさじゃないですけど言い回しの凄さや場の回し方など、出演している方の力量には圧倒されましたし、かなり元気づけられました。

ひとつに決めずに自分の可能性を伸ばしたい

–バラエティ番組でも活躍していきたいということですが、どんな存在になりたいですか。

唯一無二の存在になりたいですね。例えば、ローラさんといえばローラさんの色がありますし、滝沢カレンさんといえば滝沢カレンさんの色がある。僕も“緒形りょうといえばこの色“という色を、みなさんが定着してくださるような存在になりたいです。
具体的に憧れているのは、俳優ならばティモシー・シャラメさん。『君の名前で僕を呼んで』で好きになったのですが、彼が持つ独特な雰囲気にはすごく憧れます。

–人生初のバラエティ番組に出演した感想を教えてください。

前日もその前の日も眠れないくらい、かなり緊張していました。でも当日は緊張していたのは最初の方だけで、全体的にはめちゃくちゃ楽しかったです!
いざ収録となると、共演してくださった方々の力もありだんだん緊張もほぐれてきて、結果的にはしっかり自分を出せたんじゃないかなと思います。共演してくださった、さだまさしさんは父がお世話になっている人だったので心強かったですね。
テレビ初出演が決まったことを父に知らせた時、「謙虚に今の心を忘れないで挑みなさい」と声をかけてもらったのですが、その言葉からも勇気をたくさんもらえたような気がします。

–尊敬できるご家族の支えも大きいですね。

そうですね、家族はとても応援してくれていると思います。僕の両親は、昔から一人の人間として子供のことを見てくれていて、仕事に対することも何も言わずに見守っているタイプ。同じ芸能界にいるからといって間に入ってコネクションを作ることもなく、“やるなら自分でやりなさい“というスタンスだったので、環境に甘えることなくなんでも挑戦することができました。
実は今の事務所に所属する前、自分から「Numéro Tokyo」の編集長である田中杏子さんにDMを送ってアシスタントをやらせてもらっていました。“裏方の現場の人がいるから表に出る人が輝ける”ということを知ることができた、とても貴重な経験でした。

–具体的に、これからやっていきたい仕事はありますか。

一つに限定することなくいろんなことをやっていきたいと思っています。留学中、僕自身が支えられていたバラエティ番組に出ることはもちろん、美容やファッションのページにモデルとして出ることも夢ですね。俳優としての仕事もチャンスがあれば掴みにいきたいです。そして、お仕事をしていく中で、お会いたい人をあげるなら、マツコ・デラックスさん! 新しい価値観を持った僕ら世代の子たちとも、対等な関係性で話している姿がすごく心に響いたんです。素敵な話が聞けそうなので、僕もいつか対談のお相手をつとめられるようになりたいです!

INFORMATION

緒形りょう

公式Instagram
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ASBS

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