今月の書評『月まで三キロ』

CULTURE / ART

今まで読んできた本は数知れず、小説、ノンフィクションなどジャンル問わず乱読し続け数十年。好きな作家は太宰治。夜は新宿三丁目でお酒を楽しむのが日課。人生の大先輩”ふさお”さんが毎月おすすめの本を紹介していきます。

 

まずは、一歩、踏み出す。

「月まで三キロ」伊与原 新〈著〉新潮社/1,760円(税込)

「あの時、こうしていれば‥」「あの時、こう言ってあげれば‥」「あの時‥」

多くの人は、そのような後悔の想いを抱いて、現在の日々を送っているのではないだろうか。

小説や映画にも、そのようなテーマの作品は多い。

 

本書は、全6編の同様な短編集と認識しがちだが、他の作品と決定的に違うことは

登場人物の想いが、科学や自然をテーマとして結びつけていることにある。

 

例えば、タイトルの「月まで三キロ」。

 

人生に疲れ、死に場所を探している男がいる。

順風満帆だった仕事、家庭。

しかし、今では借金を背負い会社を潰し、妻とも離婚をすることに。

母も他界し、父は痴呆症となる。

「あの時、独立して会社を立ち上げなければ‥」「あの時‥」「あの時‥」

後悔の念を抱きながら、男は死に場所を求めて彷徨う。

 

そして、たまたま乗ったタクシー。

『自殺の場所の下見に来た。』

『よしましょうよ。よりによってこんな夜に。』

満月に近い、素晴らしい月が出ている夜に、よりによって自殺の下見とは。

 

しかし運転手は男を乗せ、山奥へと車を走らせる。

『自殺に良い場所ですよ。条件に合うかどうか、下見して下さい。』

いぶがしがる男に、運転手は話す。

『月に一番近い場所があるんです。』

 

やがて運転手も、過去のある出来事を話し始める。

そう、運転手も「あの時‥」を抱えていたのだ。

 

例えば「星六花」。

 

主人公は、39歳になる未婚の女性会社員。

若い時は、海外留学の夢もあった。この人なら、と結婚を考えた男性もいた。

「あの時、こうしていれば‥」

 

その主人公が、2歳年下の気象庁に勤める男性と知り合う。

天気予報に詳しく、真摯に説明する男性に、やがて好意を寄せるようになる。

 

男性は、雪予報の精度を上げるためSNSを活用した「雪結晶プロジェクト」を

立ち上げていた。

雪が降った時、撮影時刻、場所を明記した、雪結晶の写真を送ってもらい

雪雲の実像に迫るという話。

 

会社からの帰宅時、電車の窓ガラスに映る自分の姿を見て、ため息をつく自分。

そんな主人公は、写真を送ることで、男性との距離を縮めていく。

 

針、角錐、角柱、角板、扇型、砲弾型、つづみ型、40にも及ぶ種類があるという

雪結晶。

主人公は中でも、6本の針が等方に伸びている「星六花」に魅せられる。

 

その「星六花」を一緒に見に行きましょう、と約束する二人。

しかし、男性には恋愛に前向きになれない、理由があった。

 

月、雪結晶。アンモナイトの化石。宇宙人。

 

主人公が抱えている「あの時‥」を、自然や科学をテーマとしつつ

その想いを、手のひらで柔らかく包み込むように、慈しむ。

 

「あの時‥」が、過去への後悔であれば

今更変えることが出来ないとこは、判っている。

判っているのに、考えてしまうのだ。

 

しかし「あの時‥」を想うことで、現在を、そして未来に向かい

前向きな一歩を踏み出せる。

 

そう感じる、作品である。

 

credit

writer:ふさお

INFORMATION

「月まで三キロ」伊与原 新〈著〉新潮社/1,760円(税込)

■伊与原 新 (イヨハラ シン)

1972(昭和47)年、大阪生れ。神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻。博士課程修了後、大学勤務を経て、2010(平成22)年、『お台場アイランドベイビー』で横溝正史ミステリ大賞を受賞。他の著書に『プチ・プロフェスール』『ルカの方舟』『博物館のファントム』『梟のシエスタ』『蝶が舞ったら、謎のち晴れ 気象予報士・蝶子の推理』『ブルーネス』『コンタミ 科学汚染』『月まで三キロ』がある。理系の目を生かしたエンターテインメント性の高いストーリーが評価を得ている。(新潮社HPより)

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