今月の書評『黒澤明という時代』

CULTURE / ART

今まで読んできた本は数知れず、小説、ノンフィクションなどジャンル問わず乱読し続け数十年。好きな作家は太宰治。夜は新宿三丁目でお酒を楽しむのが日課。人生の大先輩”ふさお”さんが毎月おすすめの本を紹介していきます。

何故、書いたのか。

「黒澤明という時代」小林信彦〈著〉文藝春秋/単行本1,834円(税込)/文庫本660円(税込)

小学生の頃、お正月になると「男はつらいよ」を観るのが習慣だった。

中学生になると「スターウォーズ」、「JAWS」が公開され、初めて洋画を

観たことを記憶している。

特別「映画」が好きだった訳でもなく、ましてや感想をノートに記すことなど

なかった。

 

そんな私が、黒澤明の作品を初めて観たのは、18歳の頃、当時銀座にあった

名画座「並木座」だった。

黒澤明の名前は知っていたが、古臭いモノクロ映画だろう、くらいにしか思っていなかった。

それでも何故観たのか?単に暇だったからである。

若い時は時間が有り余っていて、1本の入場料で2作品を観れる名画座は

暇つぶしに格好だったのだ。

 

最初は「酔いどれ天使」だった。驚いた。こんなに面白い映画だったとは。

まず、ヤクザ役の三船敏郎がカッコいい。台詞は聞き取りにくかったが

そんなことはどうでもいい、とばかりの存在感。

ラストシーン、刺された三船がアパートの物干し台で白いペンキにまみれ

のたうち回る姿。

モノクロ映画なのに、その白いペンキが異常に綺麗だったことを覚えている。

 

「野良犬」、「生きる」、「用心棒」、「椿三十郎」何を観ても面白かった黒澤映画が、その後、私の中で変わっていくのだが。

 

 

さて、本書である。

著者、小林信彦は小説家だが「日本の喜劇人」「植木等と藤山寛美 喜劇人とその時代」「天才伝説 横山やすし」「おかしな男 渥美清」等、喜劇人の世界を描いた評論家としても有名である。
特に「日本の喜劇人」は、文字通り日本喜劇の参考書となるような名著だ。

その小林信彦が黒澤明に関して書いていることが、私には意外であった。

小林信彦は、黒澤明の何に興味を持ったのか。

 

小林信彦は戦時下、国民学校(小学生)の1943年(昭和18年)に
第1作「姿三四郎」を観ている。

〈私の表現を大げさと思う読者がいるかも知れない。文学でも、映画でも、

その作品が発表された時の衝撃〉と、その素晴らしさを語っている。

「黒澤明という時代」のタイトル通り、「姿三四郎」以降、公開された順番に

その時の時代背景を交え描写している。

それは、1993年(平成5年)公開「まあだだよ」の全30作品全て変わらない。

 

私は黒澤明に関する書籍を、過去何冊か読んでいる。

「羅生門」での、木漏れ日からの太陽(光)の撮影方法。

「七人の侍」での、マルチカム撮影。

「トラ・トラ・トラ!」の監督降板。

数多くの黒澤映画の逸話は、すでに知っており、本書で新しい発見を

期待した訳ではない。

先に述べたように、あの小林信彦が何故、黒澤明を書こうと思ったのか。

小林信彦による、黒澤明像を期待したからなのだ。

 

だが、読み進めて行くと、今ひとつアッサリとしている。

何かが、引っかかる。何かが、足りない。

小林信彦は、黒澤映画の鑑賞後、映画ノートに感想をメモしていた。

にもかかわらず、判りやすく言えば、映画に関する小林信彦の思いが

あまりにも、薄いのだ。

 

 

本書の「自分の舌しか信用しない―あとがきに代えて―」に書かれていた。

小林信彦は本書を書くにあたり、あるルールを作っていたのだ。

それは、作品を観る、自分が体験したこと、直接見たり、耳にしたこと以外は

一切書かない、ということだった。

それは文字通り、ノンフィクションの手法である。

 

私が黒澤作品を観て、モノクロ映画で終わっている、簡単に言えば

モノクロ作品までが面白かった、ということだった。

エンタテイメント作品として、一流であった。

具体的には「影武者」以降の作品は、芸術作品を作って、観ている側にそれを押し付けているような、上から目線の印象を拭うことができなかった。

 

小林信彦はそのことを〈戦後の作品が多くの大衆の心をとらえたのは、時代に対して、何か言ってやろう、という気持ちの強さによるもの〉とし、その後の作品を〈私を含む観客は、作品の世界から締め出された〉と述べている。

そして〈名前が巨大になり過ぎた〉と。

 

本書の「最終章〜テクニックと言いたいこと〜」に、こう述べられている。

〈黒澤明の全作品を観終わって、しばらく、ぼんやりしていた。もう書きたいことはないと思っていたのだ。〉

〈そもそも、私は黒澤明について、こうした作品論を書くつもりはなかった。

ただ、登場時からリアルタイムで目にしてきた作家について書きたい気持ち

が全くなかったわけではない。〉

 

また、こうも述べている。

〈黒澤明に限らず、映画は封切られた時に観なければ駄目なのだ。〉

 

それでも何故、小林信彦が黒澤明を書いたのか。

本書でその理由を確かめ、黒澤作品を観て頂きたい。

そう思った。

 

 

Credit

writer:ふさお

INFORMATION

「黒澤明という時代」小林信彦〈著〉文藝春秋/単行本1,834円(税込)/文庫本660円(税込)

■小林信彦(こばやし のぶひこ)

1932年、東京生まれ。翻訳推理小説雑誌編集長を経て作家に。

著書に「生還」「わがクラシック・スターたち」など。(文藝春秋HPより)

 

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