今月の書評『罪の轍』

CULTURE / ART

今まで読んできた本は数知れず、小説、ノンフィクションなどジャンル問わず乱読し続け数十年。好きな作家は太宰治。夜は新宿三丁目でお酒を楽しむのが日課。人生の大先輩”ふさお”さんが毎月おすすめの本を紹介していきます。

思いやりの手を差し出して。

「罪の轍」奥田秀朗〈著〉新潮社/1,980円(税込)

せつない物語だ。

本来、殺人事件の犯人に対して、憎悪は持って当たり前なのだが

哀切さえ感じてしまう。

 

本書は昭和38年 (1963年)に実際に起こった、4歳になる少年誘拐殺人事件

「吉展ちゃん事件」をモチーフにした小説である。

同事件は、日本で初めてメディアとの報道協定が結ばれた事件でもあり、

国民的関心が集まった事件として知られている。

のちに、「誘拐」著者・本田靖春の書籍及び、テレビ、映画と映像化もされた。

 

翌年に「東京オリンピック」を控え、道路は掘り返され、高速道路、新幹線と

いたる所で工事が続く毎日。

そんな中、東京の下町、台東区の豆腐屋「鈴木商店」の長男・吉夫ちゃんが誘拐される。

犯人からの電話を録音する為、初めて使用されるテープレコーダー。

ただし、逆探知は出来ない時代。

聞き込みを中心の、足で稼ぐ刑事たち。

だが警視庁と所轄警察との、捜査方法の食い違い、捜査権の取り合いが、

情報共有の少なさ、指示系統の不徹底となり、軋轢を生み、決定的な

結果を招くこととなる。

やがて犯人は逮捕されるのだが‥。

 

本書は紋切調の「警察と犯人のいきずまる攻防」が焦点ではない。

犯人が何故、このような事件を起こしたのか。起こしてしまったのか。

 

幼少時代の継父からの暴力。

それは、継父に走ってくる車に背中を押される「当たり屋」となるまで

エスカレートする。

そのことで、脳に障害を受け、記憶が飛ぶようになる。

周りの人間から「莫迦が来た」と嘲笑され、孤独に過ごす日々。

青年となり、窃盗を繰り返すことが習慣となる。

単純な性格が災いし、度々騙されることも。

北海道の礼文島の生まれ故郷を後にし、東京を目指す青年。

東京に行けば、何かある。何かがある。新しい何かが。

 

不遇な幼少時代が原因となり、殺人事件を起こしてしまう。

それは、作・松本清張の「砂の器」の主人公・和賀英良と重なる。

ただ、和賀には一緒に旅する父親があり、音楽の才能があり、ピアニカがあった。

 

本作の主人公・宇野寛治は、生きて行くために窃盗を繰返すしかなかったのだ。

そして最期の目的を果たすべく、故郷に向かう。

彼が初めて明確に抱いたであろう、悲しい目的に。

 

冒頭、述べたように「東京オリンピック」前年、昭和38年 (1963年)に

実際に起こっ事件をモチーフにしている。

「あの時代だから、このうような事件が起こった」という考えもあるだろう。

だが、宇野寛治にならざるを得ない人は、いつの時代にもいるのではないか。

 

幼少時代に手を差し伸べてあげられたら。切に願う。

 

 

Credit

writer:ふさお

INFORMATION

「罪の轍」奥田秀朗〈著〉新潮社/1,980円(税込)

■奥田英朗(おくだ ひであき)

1959(昭和34)年、岐阜県生れ。プランナー、コピーライター、構成作家などを経験したのちに、1997(平成9)年『ウランバーナの森』で作家としてデビュー。2002年『邪魔』で大藪春彦賞を、2004年『空中ブランコ』で直木賞を受賞する。2007年『家日和』で柴田錬三郎賞を、2009年『オリンピックの身代金』で吉川英治文学賞を受賞した。『最悪』『マドンナ』『イン・ザ・プール』『東京物語』『サウスバウンド』『ララピポ』『沈黙の町で』『ナオミとカナコ』『向田理髪店』など著書多数。『延長戦に入りました』『野球の国』『泳いで帰れ』『港町食堂』などのエッセイでも人気を博す。(新潮社HPより)

 

 

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