近頃、ちょっと気になるあの本、この本 #5 【又吉直樹『劇場』】

「劇場」と紐付く、むなしく、愛おしい日々
又吉直樹『劇場』


 Text/Miiki Sugita

初出の『新潮』の発売を待ちに待って、数時間で読み終えた。
そして、読み終えてすぐ、劇場に走った。そうせずにはいられなかった。



「劇場」


演劇と恋愛。どこを切り取っても生々しい、それらを取り巻くあらゆる情景に胸を高鳴らせ、痛めた。劇団員が反発し合い、散り散りになっていく顛末。対に、新進気鋭の劇団の注目度が上がっていく過程。そんな中、主人公が夢と現実、しいては自意識の狭間隙間でがんじがらめになっていくさま。その恋人が持つ願いと、それとはアンビバレントなリアル。
夢を追うということ、夢を追う者と恋愛をして、共に暮らすということ。
眩しく脆い、むなしく、愛おしい日々。
こうありたいという気持ちと、こうあってほしいと思う気持ちとが折り合いをつけられず、互いに、この恋愛の拠り所のなさを痛感する。
物語の中の劇場と紐付く生活の模様は、乱れ、荒み、壊れていく。

そんな物語を辿るうちに、思い出さずにはいられない文章があった。
もう3年ほど前になるだろうか。
同著者が雑誌に寄稿した『起き抜けの言葉』というエッセイだ。
「朝に起きる必用がない生活を送っていた。二十代半ばの頃である。昼過ぎに起きて劇場に通う。」から始まるその1ページは、作家としてはもちろん、まだ芸人としても芽が出ていなかった時代の著者と当時の彼女との日々を綴ったものだった。朝から働きに出る女と朝までゲームに明け暮れる男の、他愛なく、やるせない生活がそこにはあった。

板の上に立つ者とそうでない者が時として1つになる。日常と舞台が地続きであることが、目の前の表現を最高温度で伝える。すぐそばに互いの存在や身体性や体温を感じながら、観客と演者は交わる。役者が泣いて、私も泣く。
そんな“劇場”みたいな瞬間は、日々にこそある。
この本のクライマックスも、私自身が劇場に走り、泣く理由も。本当の舞台は、吉祥寺の公園や新宿の道すがら、下北沢のワンルームだったりする。目の前に失いたくない恋人がいたり、もう誰もいなくてどうにもならなかったり、する。

『劇場』は、演劇を舞台に、紛れもなく「生活」を描いていた。
読み終わって本を閉じた時に現れる「劇場」という二文字。言葉本来の意味を越えて思い浮かぶいくつもの日々に、改めて胸がいっぱいになる。

劇場は、しばしば「小屋」と呼ばれる。
板の上に立つものが親しみをもってそう呼ぶように、他愛なく、やるせなく過ぎる私の生活を、最高温度で愛でたい。朝の光を明転に真夜中の訪れを暗転にして、小さいかもしれない場所で私たちはささやかに、でも確かに生きている。
劇場で起こり得ること全てを手にしながら。

劇場/又吉直樹/新潮社

出典:She magizine

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